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呼和浩特通信(フフホトつうしん)
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<Essey>

ここは、留学中に体験し、思ったことをダラダラと綴ってしまうコーナーです。
(Essayの間違いではありません。念のため)

お題 UP日
ラジオ生出演 2004/02/26
バインノール旅行 2003/08/21
中華料理 2003/03/13
酒とモンゴル族 2003/03/13
モンゴル語と日本語 2003/03/13

ラジオ生出演
2月20日、生まれて初めてラジオ出演(しかも生)を果たしました。番組名は『陽光ni好(やんぐわんにーはお、敢えて訳せば『おはよう朝陽』)』、放送時間は朝9:10から9:54までです。

8:30に主持人(司会)のSさんに会い簡単な打ち合わせ。9時にスタジオへ。スタジオは透明のガラス張りで、外から中は見えますが音はスピーカ越しにしか聞こえません。この辺は日本と同じでした。

9:10、放送開始。まずはSさんと馬頭琴の先生Cさんとのやりとり。馬頭琴を始めてから今までの大ざっぱな説明、そして「どういう経緯で私と知り合ったか」まで話してから、今度はSさんと私の番です。ここでは私が馬頭琴を始めた経緯について話し、その後は1曲目『桜』の演奏。私はもちろんCさんも緊張していて、結果は最悪でした。

続いての話題は「Cさんの私に対する印象、私のCさんに対する印象」。Cさんは「私の馬頭琴の上達が速い」と言い、私は「Cさんの日本語の上達が速い」と言い(Cさんは日本語を勉強しています)。お世辞でも何でもなく、お互い本当にそう思っているのですが、听衆(リスナー)はみんな白々しく思ったことでしょう。
あと白々しいと言えば、草原の印象を聞かれて、
私:「きれいでした」
Sさん:「それだけ?」
私:「それだけ」
Sさん:「うーん、草原の美しさが伝わって来ました」
なんていうやりとりもありました。
でも実際、打ち合わせの時点ではこのくらいしか話してなかったし、他に答えようがなかったんです。

その後も話をしつつ2曲目『朧月夜』、これもちょっと・・・でした(でも放送を聞いてくれた友達は「きれいだった」と言ってくれました)。3曲目『白色的石碑』(モンゴル国の曲)は、さすがに場の雰囲気に慣れたせいか、出来は一番でした。

で、3曲目の演奏が終わってから時間がまだ10分近くも余っていて、ここからはCさんとSさん2人で、打ち合わせにないアドリブの会話。途中、話題に困ってSさんが10秒くらい黙り込み緊張するシーンもありましたが、Cさんの雄弁さのおかげで(緊張のためか、それとも緊張が解けたためかはわかりません)なんとか話が続き、最後は私が内モンゴルに対する印象を話して、9:54、放送は何とか無事に終了しました。

放送が終わったとたん、緊張の糸が切れて疲れがどーっと出てきて、しばらく動けませんでした。1日の体力を45分で使い切った気がします。
報酬は全くなかったし、正直言って出演して恥をかいただけという感は否めません(特に拙い中国語で話をした私は)が、短期間で馬頭琴が上達したのが自分でもわかったし、今まで知らなかった新たな世界の一部を見ることもできたし、いい経験をさせてもらったと思います。
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バインノール旅行
17日から20日まで、バインノール盟(盟は内モンゴルの行政単位)の海流図という所に、ナーダムを見に行きました。当初はUさん(モンゴル族)、Oさん(Uさんの彼女)と3人で行く予定だったのが、16日午後に突然イギリス人Aも合流することに決まったのでした(Aはナーダムを見たくて内モンゴルに来たのだそうです)。

ナーダムの競技は全部で4種目(競馬、ラクダのレース、モンゴル相撲、弓)。そのうち、弓は時間の関係で見ることができませんでした。

初日、まず見たのが競馬。しかも大人ではなく子供が、鞍なしで馬にまたがり疾走する姿にはしびれました。私はもちろん、初めてナーダムを見るAも大興奮。
今年、内モンゴルでは雨が非常に多く、草原が例年以上に美しいそうです。競馬を見て、どうしようもなく馬に乗りたくなりました。

次にラクダのレースを見ましたが、競馬に比べてスピード感がなく、今ひとつといった感じでした。順番を逆にすれば良かったのかも知れないのにね。

2日目はモンゴル相撲。会場に行くのが遅くて、すでに黒山の人だかりができていましたが、親切な現地の方が「ナーダムはここでしか見られないのだから」と一番前の場所を譲ってくれたのでした。

モンゴル相撲は以前にも見たことがありますが、女性も相撲をするというのを今回初めて知りました。男性と比べるとさすがにパワーは感じられませんが、スピーディな取り組み?が多く、楽しめました。

今回、ホテルではなくUさんのお姉さんの家に泊まらせていただいたのですが、いやな顔ひとつせず自分の家族のようにもてなしてくれました。私は以前からモンゴル族の性格を知っていたのですが、Aはここまで温かいもてなしを受けたのが初めてだったそうで、ひどく感動していました。

Uさんのお姉さんの旦那さんがひどい酒飲みで、毎日3食酒を勧められたり、公衆トイレがすさまじい汚さで(家にはトイレがありませんでした)、汚いトイレに慣れているはずの私も参ったり、フフホトに戻るバスが当日急に運行しなくなったり、と困ったこともいくつかありましたが、たいへん楽しい旅行でした。
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中華料理
中国と言えば中華料理。これは誰でも考えることでしょう。これは呼和浩特にもあてはまります。内モンゴル自治区の区都とは言っても、人口の大半を占めるのは実は漢民族で、食堂もモンゴル料理屋より中華料理屋の方がずっと多いからです。

で、気になるそのお味ですが、このおいしさは半端じゃないです。食堂で初めて料理を食べたとき、そのあまりのおいしさに感動したことを覚えています。こんな経験、日本ではしたことがありません(日本でおいしいものにありつけなかっただけ?)。私はナスが食べられないのですが、レストランで食べたナスの揚げ物はたいへんおいしくいただくことができました。おそらく素材の良さも日本と違う(中国のジャガイモは日本のより数倍おいしい!)のでしょうが、それにしても嫌いなものまでおいしくしてしまう調理技術には脱帽です(「素材は手を加えない限り価値がなく、そこに手を加えてこそ料理としての価値がある」というのが中華料理の考えだそうです。この点、刺身のように素材そのものの持ち味を活かす日本料理とは全く逆ですね)。
ちなみに、ちょっと高級なレストランよりも、そこらへんにある小汚い食堂の方が味がいいような気がします(やっぱり舌がバカなのかなー)。

ところで、中華料理の全部が全部おいしいという訳ではなく、主食には当てはまらない気がします。少なくともおかずほどには力を入れていないように思われます。例えばひどい例だと、とある食堂でご飯がレンジから出てきたことがあります。他に饅頭(まんとう。肉まんの中身がないやつ)は冷めるとまずくて食べられないし、面条(うどん)は歯ごたえがなくておいしくないです(これは小さい時から食べ慣れているかどうかにもよると思いますが)。あと「パン屋や売店のパンはまずい」というのは日本人に共通する感想です。
ギョーザ(水ギョーザですね)も、もちろん日本の水ギョーザ以上においしいですが、おかずの感動するようなおいしさに比べると「普通においしい」といった程度になってしまいます(中国ではギョーザは主食です。だから皮も厚くしっかりしています)。

いずれにせよ、個人的にはアレンジされた日本の中華料理よりも本場の中華料理のほうがおいしいと思います。ただ、もちろん日本の中華料理が劣っているというつもりはないし、オリジナルのおいしさがあるとも思います。「同じ料理」と考えるよりは「日本の中華料理はすでに日本料理のひとつである」と考える方が正しいのかも知れません。
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酒とモンゴル族
モンゴル族は日本人にとって非常に接しやすい民族のひとつです。ある人曰く「モンゴル族は漢民族の人に対する気遣いとモンゴル人のおおらかさを兼ね備えた民族」だし、またモンゴル族と結婚した日本人は「外国人とは思えない」そうです。
私自身も「困ったことがあったらいつでも言ってくれ」と言わないモンゴル族には会ったことがないし、食事をする際も何でもしてくれます(2002年10月29日の日記を参照)。日本人なら「よく気がつくなあ」と感心するレベルを超えて「申し訳ない」とさえ思ってしまうでしょう。

そんな彼らも、酒が入ると豹変します。
ある日、モンゴル族の友達の家に昼食に招かれたのですが、当然?ながらビールでおもてなし。一口飲んだかと思ったら間髪入れずにいっぱいまで注がれ、乾杯も10回以上。「もう飲めないから」と半分くらいでやめると「ダメ!全部飲め!」。しかし何回も「飲めない」と繰り返すとようやくわかってくれました(でも表情はとても悲しげだった)。

でもこれなんぞまだいい方で、ひどかったのがあります。
Jは普段はとてもおとなしい温厚な好青年なのですが、酒を飲むと「俺との乾杯を断る奴は友達じゃない」と言い、乾杯を半分くらいでやめようものならコップの置き方が乱暴になるという危険な人物に変身します。「これ以上飲むと帰れなくなる」と言うと「じゃあ送って行くから飲め」となり、あの時は辛かった。
その日、結局Jは潰れ私は1人で帰った訳ですが、次の日Jは私を見るなり「昨日は申し訳なかった」と謝ってきました。その理由は「無理強いをして」ではなく「家まで送らなくて」。
Jよ、謝る理由が違うんじゃないかい?

ちなみに、Jと私は今でも友達です(「俺たちは今でも友達だよね?」と聞いたら照れ笑いしつつ「そうだ」と返事が帰ってきた)。

最後にモンゴル族の名誉のために言っておきますが、当然のことながら全員が「酒グセが悪い」という訳ではありません(しかも、これはあくまで日本の文化、あるいは日本人の価値観というモノサシで彼らを測った場合の言い方です)。
が、やっぱりモンゴル族と酒を飲むときは心に留めておいた方がいいかも知れません。
その点、日本に留学経験があるなどで日本人を知るモンゴル族はいいですね。もともと気を使ってくれるのに加え、日本人がどの程度飲めるのか、またどういう飲み方をするかわかっているので、安心して飲めます。
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モンゴル語と日本語
内モンゴル沙漠化防止植林の会との出会いがきっかけで留学したせいか、現地人の友達はモンゴル族ばっかりです。呼和浩特の人口の7割を占めるという漢民族ですが、その友達はなぜか数人もいません。漢民族の友達も、もっと欲しいのですが。

で、日本語を勉強しているモンゴル族は、その上達が恐ろしく速いです。例えば日本語学校の生徒Oさんは勉強を始めて半年ほどということですが、カタコト以上の日本語で立派にコミュニケーションをとっています。しかも「勉強時間は毎日1〜2時間」らしいから驚きです。
Oさんは例外的な部類に入るのかも知れませんが、それにしても「モンゴル族と日本人、頭のデキが違うんじゃないか」と思ったこともあるくらいです。が、友人の話を聞いて「なるほど」と思う理由がありました。

まずひとつめが日本語とモンゴル語は文法が同じということです。だから乱暴な言い方をすれば単語だけ覚えればOKな訳です。この点については、日本人がモンゴル語を勉強する際にもあてはまることで、逆にモンゴル族であってもモンゴル語を話せない人にとってはこのアドバンテージがない訳ですね。もちろん漢民族にも同じことが言えるでしょう。

次にモンゴル族は漢字を知っていること。モンゴル族だって中国人なので、中国語、つまり漢字はわかります。日本の漢字と中国の漢字は、似たような(あるいはほとんど同じ)意味の単語も多く、これも日本語を勉強する点で非常に有利であると言えます。
この点、モンゴル文字は日本人にとっては全く馴染みがないので、文字を覚えるという点ではゼロからのスタートとなります。

最後が発音です。モンゴル語の母音は7つで、大雑把に言うと日本語の母音は全てモンゴル語にもあるのに対し、モンゴル語の母音には日本語にないものがあります(ちなみに、モンゴル語を始める前は「モンゴル語は『お』と『う』が2つずつある」と聞いていましたが、実際始めてみると『お』が4つあるという感じがしました。更に最近は『お』が3つで『う』がひとつのように思えてきました。あくまで勉強を始めて数ヶ月の限りにおいて思ったことですが)。

これだけ有利な点が揃えば、もともと勉強熱心な彼らのこと、上達が速いのも納得です。
が、ある日Oさんが何気なく発した一言が忘れられません。
「モンゴル族は外国語の勉強を難しいと思わない」
やっぱり頭のデキが違うのでしょうか。
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